一松 [17] 第3章 6節「連立代数方程式」の写経。
計算機代数の話題はまだ数多くあるが、近年有名になった「グレブナー基底」に ついて略説する。
多変数多項式に関する連立代数方程式を解く問題は良く現れるが、 一般的な解法はほとんどない。理論上ではつぎつぎに消去法によって 変数を消去してゆけば解けるはずだが、それを正直に実行すると、 たちまち大きな係数を持つ高次方程式が現れて、手におえなくなる。
これまでは与えられた方程式を適当に組み合わせて、因数分解できる形に直す方 法が主力だった。しかしこれを下手に実行すると、考察すべき場合の個数が激増 し、解をうまくまとめるのが厄介いになる。
変数に対称性がある場合には、それを生かしてうまく解ける場合もあった。ただ しそれにこだわるのは得策でなく、対称性を無視して消去法を使うほうがよいこ とも多い。
この問題は、一般化すると、多項式イデアルに関する所属判定問題になる。 イデアルとは、歴史的な由来のある述語だが、いくつかの基底要素 , , に多項式 , , をかけて加えて表わされる
一変数の場合には、このようなイデアルが、, , の 最大公因子 の倍式全体として表される (単項イデアル)。この は 「よい基底」である。
多変数の場合には、単項でないイデアルがふつうであり、 「よい基底」を求めることが重要である。
連立代数方程式 , , を解くには、 原理的には , , の生成するイデアルの 任意の基底の共通零点を求めればよい。 しかし基底が悪いと、この操作が実行困難である。
イデアルに関する所属判定問題とは、 与えられた多項式 が、 そのイデアル に含まれるかどうかを判定する算法を問う問題である。 その応用例は後述する。
もし具体的に , , を求めて
その昔、何日も所属問題がうまく解けずに苦しみ、試しに数値を代入したら、 前期のような組がみつかり、 が に属さないことがわかった、 そして結果的にそれまでの計算はむだだった、という実例がある。 現在でもこのような予備テストは重要である。しかしこのような , , の組がみつからない (いつでも とな る) とき、 が に含まれそうだと予想されても証明にはならない。
この判定には の基底自体が重要である。じっさいに基底のとり方が 悪いと、奇妙な現象が起こる。
例えば変数の個数を とし、, , を , , と書く ことにして、次の基底を考える。
原則として最も高い次数の項を合わせて消去する。 しかし の主項 は、, , のどれを 使っても、そのままでは簡約できない。この は と 表現できるので、イデアルに属する。このことは という おなじ項を加減して変形すればわかるが、これを機械的に求めることはできない。
この例は が悪いというよりも、イデアルの基底が不足しているのである。 これにさらに新しい基底を補充して、基底 (base) を固める必要がある。
多項式イデアルの基底を補充して、標準的な基底を整備する理論は、 かなり昔から考えられていた。たとえば広中平祐氏が、 フィールズ賞の対象となった 「特異点の還元」の研究中に、 その種の「標準基底」を扱っている。 したがって、これを「広中基底」とよぶべきかもしれない。
しかしその具体的な構成算法を示したのはブーフバーガーであり、 彼は恩師の名をとって、それをグレブナー基底とよんだ。 今日その名で広く使われているので、以下でもそうよんで論じることにする。
それはある意味では、連立一次方程式を解くガウスの消去法の一般化である。 対称式については基本対称式が 「グレブナー基底」に相当する。一般のグレブナー基底は、 これらの概念の一般化に相当する。
桂田 祐史